ここにはまだ、ケーキがある

ぼんやりしていたら空気が冷たくなっている。気づかなくてももう年末、外出する時にコートを羽織らないと浮いてしまう。あまり着たくないのだが。

 

買わないけれど、ケーキ屋が出しているクリスマスケーキのお知らせを眺めていたら、バタークリームのケーキが食べたくなった。

子どもの頃は、クリスマスイヴに一つ、そしてクリスマス当日にも、スーパーで安くなっているケーキを買ってもらえた。その、見切り品がバタークリームのケーキだった。

クリームは固いし、甘ったるいし、変な風味だしで、おいしいと思ったことはない。しかし、どんな食べ物だっただろうかと考えてみるとこれといった記憶もない、ので、好奇心から改めて食べてみたくなった。

 

市内に、午後に開店して夜遅くまで営業しているケーキ屋があるそうだ。口コミサイトに載っているショーケースの写真には、直線的なケーキが並び、その中にバタークリームのケーキも置かれていた。モダンは曲線に宿るなんて誰も言っていないが、個人的にはそうだと思っている。昭和感、レトロ感、そして古き良き感。

金曜日、仕事終わりに向かうことを決めた。

久しぶりの、夜の繁華街はやたら照明が眩しいように感じた。個人的には2年か3年ぶりの景色に香りに音。満席だからと断られているグループもちらほら見かけた。食べてもいないのに、コートに焼き鳥の匂いが付くのはいやなので、さっさと通り過ぎる。

 

この街はやたらとミスタードーナツが多い場所だった。本当に小さいのが駅に1軒、その駅から少し歩いたところに1軒、そして大通りをしばらく歩いて1軒、さらにさらに歩いて1軒と、一応、徒歩圏内に4店舗あった。

前2つはコロナ感染症とは関係なくなくなってしまったと記憶しているが、とにかく、飲んだ帰りは駅を目指しつつミスドを買うというたくさんの市民の楽しみがなくなってしまったわけだ。その、先ほど挙げた3つ目のミスドに近くに、ケーキ屋はある。

 

目的のケーキと、苺のショートケーキを購入した。値札の位置がケーキからずれていたので値段を聞いたら、高くてごめんなさいねと謝られる。ちょうど苺が出始めた時期だそうだ。バターも小麦粉も高いですしね、と答えたら、でもバターなんてあるだけ助かるわと言っていた。

そうだ、最悪なくなるのだ。

バターだけではない。このお店だって、材料の高騰とか、設備の老朽化とか、自分の体調とか、辞めてしまう理由はいくらでもある。ダスキンにはダスキンの事情があるが故に、駅前のミスドはなくなった。なくなった後はもちろん、なくなる前ですら、私にできることはあったのだろうか。

 

ずっと、町のケーキ屋には300円や400円くらいのケーキが並んでいる世界に生きている。けれど、そんなケーキはもはや少数だろう。いつかのままの思い込みが、自分たちを苦しめているといったら言い過ぎかもしれない。しかし、ここはケーキが500円する世界なのだ。

家に着いて、夜だけれどコーヒーを準備してバタークリームケーキを皿に乗せる。フォークを入れると、冷えたせいか、クリームと言いつつ黄色いかたまりがポロポロこぼれた。あたたかいコーヒーを口に含み、かたまりをゆっくり消していく。半分ほど食べれば、お腹にくる。

一つ600円したケーキ。でも、この半分の大きさで400円でも私は買う。意味があるのかわからないけれど、私にはそれしかできない。