淡々平坦な日々

2年ぶりに東京へ行った。高い建物がたくさん並んだ様子は、自分が住んでいる街と本当に同じ国なのかと思ってしまう。人が、モノが、情報が、溢れかえっているのにみんな行くところがわかっていて、迷わずすたすたと歩いていく。

対して私は、友人との待ち合わせまで同じところをぐるぐる回っていた。

 

先月、上司と面談があった。と言っても、たわいもない会話をするだけの時間だ。

「本当は他にやりたいことあるんでしょ?」

大学で美術を専攻し、美術の教員免許と学芸員資格をもっていることを指しているのだろう、取得から10年経ったから教員免許については失効しているはずだけれど。別に、やりたいことなんてないのだが。「そういうこと」を仕事にするほど私に情熱と能力があったわけではないし、仕事にしなくても関わる方法はあるわけだし。今の仕事に就いたのだって、それなりの使命感があったからだ。

仕事で「そういうこと」に関わる可能性は0ではないが、限りなく低い。そのこともわかっているし、今さらその可能性を狙っているわけではない。しかし、目の前にいる上司は、私がわかっていないと思って話を続ける。そういう仕事も一応あるけど、そこに異動になるには別の採用枠でうんたらかんたら。つまり、今の仕事を続けていても「そういうこと」には関われないよと説明される。わかっていますと答えた。

私はどう見られているのだろう。心ここにあらず、と思われていたのだろうか。本当はこんな仕事したくないのに、とふてくされた姿が映っていたのだろうか。確かに、やりたいことはない。そうなんだけれど、今の仕事を定年までやり続ける覚悟があるかと言われれば、それもNOである。

正直、「働いたらお金がもらえる」という点以外は特にいいことがない仕事だが、辞めたくなるほど飛び抜けて嫌な点も思いつかない。だが、国民保険料や住民税を計算して最低限の年間生活費を勘定する程度には、辞めたいと具体的に思っている。

きっと、私の想像以上に、その思いは滲み出ているのだろう。

 

辞めたいという相談をすると、だいたいは(そして当たり前だが)辞めてどうする、と問われる。どうするって、別の仕事を探す以外に道があるのだろうか。いや、それはそうなんだけれど、相手が言わんとしているのは「他に何かしたいことがあるのか」、という意味だ。また出たな。ないです、と答えると辞めることに対して否定的になる。ありがたいことに心配されているのはわかる、しかし。

そんなに、やりたいことがなきゃだめなのか。

なんとなく辞めたくなったので辞めます、ではだめか。だめだろうな。でも、辞めたいと思って働くのもしんどい。辞めたいゲージがどこまで溜まったら、辞めていいのだろうか。辞めていいのだろうかって、私は誰に許可を求めているのだろう。辞めたいのに辞められない、なぜ、何を、私はぐるぐる考えているのか。

 

最近、先延ばしに関する本を読んだ(『ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか』ピアーズ・スティール)。就職活動中、続けて不採用通知を受け取ると不安になり、自信がなくなり、焦りがつのるそんな状況についての話が出てきた。

あとは、「信じる」ことができるかどうかが問題になる。自分を信じるのでもいいし、神様を信じるのでもいいし、なんらかの計画の有効性を信じるのでもいい。どんなにひどい経験が続いていても、次の面接で道が開ける、次のきっかけが好結果につながる、次の一日は違う結果になると信じなくてはならない。(中略)自信をもてないと、ソファーで怠惰に過ごしたいという誘惑に勝てなくなる。

どうせだめだと思えば次の行動につながらない。思い返せばここ数年、ずっと「どうせだめだ」の渦の中にいたように思う。

私の就いている仕事は、毎月○日にAの締切、△日にBの締切、×日にCの締切、というサイクルを12回繰り返し、たまに年1の仕事が入ってくる。そして、「できて当たり前」なので、できなかったことが指摘される業務が中心だ。大きな山がない代わりに、登った達成感もない。

その淡々としたサイクルのせいにしていいかわからないが、より淡々な職場への異動で自信も消えたように感じるので、おそらく淡々は私に合わなかったのだ。できたことには何も言われないが、できていないところは指摘される。考え方一つで回避できたのだろうが、結局、私はできていないところにばかり注目し、現在、自信ゲージをほぼ使い切っている。

その話を、私よりもう少し経験のあるオトナに話せば、働くっていうのはそういうものだと返ってくるだろう。私の中のオトナの部分が頷き、行儀よく聞き分けよく納得する。しかし、「どうせだめだ」と思う日々は楽しくない。

 

街で、仕事帰りと思われる人に聞いてみたい。どうして働くの、辞めたいと思わないの、辞めたいと思ったときにあなたを引き止めるものは何。そんなにすたすた歩いてたどり着く目的地はどうやって見つけたんですか、その目的地って、本当に正しいんですか?

私はもう何もわからないんですけれど。真面目な顔してカタカタしている向かいの席のおじさんに、そんな一生懸命なのになんで仕事終わらないんですかととんちんかんなことを聞きたいくらい、働くということがわからない。

サンタクロースに聞いたって、答えは返ってこない。