きっと、もっとずっと怒ったっていい

3年か4年は前のことだろうか。あの日、やっぱり水でもぶっかけてやればよかったと思うことがある。思って、たとえその時に戻れたとしても、そんなことは決してしないとわかっているのだが。

 

別に大した話ではない、お酒の席でのできごとだ。空いたグラスも増えてきた頃。

年上で私とは性別の異なる人間から、なぜ髪にパーマをかけたり染めたりしないのか、と問いかけられた。年上で私と同じ性別の人間が、間髪入れずに別にそのままでもいいじゃないと答えるのを、私は曖昧な顔で見ていた。

なぜって、パーマをしたり染めたりするのはお金がかかるし時間も取られるし、髪が痛む可能性だってある。少しうねったくせ毛だって黒髪だって、嫌いじゃない。そうしたいと思っていないからしていない、それだけのこと。

 

いやいや待て待て違う違うそうじゃない。

相手はバカ真面目に、なぜパーマもかけず染めもせずいるのか理由を述べよ、と言っているわけではない。見た目パッとしないよね、そう言いたいのだ。

考え過ぎだと言われればそうかもしれない。ただ、日頃の私とその人間、あるいは周囲との関係性、その場の雰囲気、発言があった時の隣席の反応。ここには書かないその他諸々を含めれば、私が考え過ぎた可能性はぐっと下がる。そして、パーマとかかけたら可愛くなるよ、そういう明るい話でもない(し、やっぱりあなたに言われる筋合いはない)。

その時、私はどうして曖昧な顔をしていたのだろう。やっぱりバカ真面目に、お金や時間がかかるし、と答えようとしたのだろうか。まさか。なんとなく発言の意図には気づいて、でもどう反応すればいいのかわからなかったように思う。

 

夜、眠りにつくまでの布団の中で、ふとこの瞬間を思い出すことがある。もうしばらく前の話だ、今さらどうということはない。しかし、コップを引ったくって相手の頭上でひっくり返す想像をするあたり、やっぱり割り切れていないのかもしれない。

あの時、私は怒りを感じていた。そして今、少しばかり後悔している。その気持ちを相手に伝えなかったことに。

 

からかわれるとか軽んじられるとかけなされるとか蔑まれるとか、とにかく、「それ」は突然やってくる。来て、私が引いた白線の内側へ勝手に入り込み、小さなひっかき傷を作ってさっさと帰っていく。事前にわかっていれば対策できるけれど、なんの前触れもないとびっくりして反応できない。そういう経験のある人、少なくないのではないだろうか。

想定外からやってくるからトラブルなんだよ、想定できていたら困らないよ!

その時の、怒りとか悲しみとか不愉快さとか、顔には出ていないけれど何も感じていないわけでもないよとわざわざ伝えるのは、自分がすっきりしたいからではない。「さすがに、余計なお世話じゃないですか」、その一言は私のためなのだ。

私が後悔しているのは、自分自身を蔑ろにしたことである。失礼なことを言われたにもかかわらず何も言葉を返さなかった私は、「私」に対して見て見ぬふりをしたようなものだろう。それが少しばかり、悲しい。

 

というくだらない思いが、数年経った今でもわずかながらに残っている。そうなるくらいなら、自分の気持ちにもっと素直になっていいし、自分を守るために必死になっていい、のではないだろうか。やった後悔よりやらなかった後悔の方が大きいと、バナナマンもCMで言っていたし。

正面から啖呵を切ったり怒鳴ったり、物理的に攻撃したりはしなくてもいい。ただ、身の危険を感じた動物が威嚇をするように、私も何か一つくらいポーズを考えよう、そう思った次第である。