すべては眠れない夜のせいなんだ

まだ諦めずに転職活動を続けている。全然、書類審査すら通らないのにね。

そうしたら、昔目指していた夢の職業を見つけた。そういえば、こんなことを目指していた時期もあったっけ。懐かしく思い、応募ボタンを押す。ダメな気がするけどね。

ダラダラ続けても仕方がない。そろそろ、転職と言う可能性を諦めなければならない時期のような気がする。

 

転職活動だったり休職だったりで、自分の人生、というか生き方を見直す時間が嫌でも増えてしまった。どう生きるかを考えることはどう死ぬかを考えることにつながる。やっぱり、よく頑張った、悔いはない!と思って死にたいけれど、じゃあ悔いになりそうなことってなんだ。何をしたら、あるいは何をしなかったら私は後悔するのだろう。生きて、何を成し遂げたいのだろう、と考えては、自分という存在のあまりのちっぽけさに惨めになり、考えなしの脳みその情けなさに悲しくなる。

私にもできることがあると思って転職活動をした。でも、それすらままならない私に、一体何ができるというのだろうか。そもそも、私は何かをするために、じゃあ努力しているのか。毎日起きてご飯食べてのろのろ仕事して寝てるだけじゃないか。あーあ、なんか、もうどうでもいいや。

 

現実でもネットの中でも、周りの人がみんな立派に見える。自分の考えを持っていて、それをいろいろな手段で発言して、仕事をきちんとこなして、わからないことは相談して、間違ったら謝って、仕事以外にもいろいろな活動をして、いろんな人脈を持っていて、ご飯を食べて、運動をして、そして寝て、また起きる。ああ、すごいなあ。

憧れのあの人やこの人はみんなみんな星なのだ。私は地上から眺めることしかできなくて、そういう存在にはなれないのだ。はやく諦めてしまいなさい、そんな声が聞こえてくる。

 

 

ここまで書いておいてなんだけど、そういう気持ちとは裏腹に、なにくそばかやろうぶっとばすぞという気持ちも、同じくらいの質量と熱量で存在する。星がなんだ、ミサイルで撃ち落としてやる!と思う程度には元気が残っている。どしんどしんと歩き、乱暴に呼吸する。本当になんなんだ、一体。

過去、私は万能の存在だった。まあ、運動はできないけれどその分勉強はできたし、音楽は微妙だけど美術は得意だったし、少しぽっちゃりしているが背は高かった。クラスのリーダー的な、時には参謀のような、いざというときに頼りになる、そんな存在だ。……と、本人が思っていただけで実際はどうだか知らないが、とにかく、過去の私は、鋼の自信をもっていた。どこかで落としてしまったんだよね、自信。

 

休職するまで追い詰められてかわいそうな私をやりたい一方で、うおおおおと雄たけびをあげたい自分もいる。ここの折り合いが付けられれば、もうちょっと生きやすくなる気がするんだけれど、どうなんだろう。ああ、誰か決めてくれればいいのに。あなたはこういう目的で、こういう考えを軸に生きなさい。ついでに仕事も、毎日着る服装も、それから結婚相手も全部決めてくれればいいのに。そうしたら悩まずに済んで楽なのに。

誰かに決められたら、自分で考えなくて済むし、間違っていたらその人のせいにできる。自分はなにもしない、なにも悪くない状態を保つことができる。でもそれって楽しいのかしら、ほら、また声が聞こえてくる。ぐるぐる考え込んで進歩はないけれども、これも、自分の人生を歩んでいる証なのだろうか。