10/17くもり、人が好き な 人が好き だ

心を開いていない、とたまに言われることがある。

もっと素のあなたが見たいとか、別の面があるんでしょとか、こんな人だったんだねとか。他の人がどうなのかは知らないが、私に限って言えば、心を開くのに、打ち解けて本音を言うのにまあまあの時間がかかる。

 

そういうのを、他人を信用していないからだと指摘する人もいるが、やはり私に限って言えばその通りである。だってあなたからの第一印象、崩したくないんだもの。クールでしょ、真面目でしょ、仕事できるでしょ、なんて言われるけれど、実際はそんなことはない。小学生が好きそうな下品な話で大笑いするし、可能な限り布団の中で過ごしたいし、同じことは2回でも3回でも間違う。

私に対する第一印象は現実と多少ずれているが、そちらの姿の方が格好いいのでそのままにしておいてください。

 

職場の人から個人的な相談をしたいと言われ、LINEを交換した。直後の、よろしくお願いします的な挨拶で愛用しているパンダのスタンプを送ったら、「イメージと違うねw」と返ってきた。私がじゃなくて、あなたの私に対するイメージが間違っているので、修正お願いしまーす。

そんなことがあって、冒頭の話を思い出した。性格上しかたがないと割り切りつつもどうしてもないものねだりをしてしまうもので、初っ端から全力フルスロットで相手に突っ込める人が心底うらやましい。

 

今まであった人の中で最初に思い出されるのは、高校時代の部活顧問である。160cmもない小柄な体で4階にある美術室まで階段を2段飛ばしで上がってくる姿は、まさに天狗であった。男性で、時に乱暴な言葉を使うこともあったが、彼の作品は息を止めたくなるほど繊細かつ緻密であった。

その顧問は数年前に亡くなっている。まだ教師として働いており、病に倒れてから数ヵ月のことであった。告別式でまさに教わっていた美術部員が別れの挨拶をしていて、その時の言葉がとても印象に残っている。

「先生は人たらしで」

生徒が思いついた言葉なのか、いたかもしれない添削者によるものなのかわからない。あるいは、顧問本人の言葉かもしれない。とにかく、先生にぴったりの言葉だと思った。人の懐に飛び込む術に関して、人たらしという表現がしっくりくる。

教育実習に帰った時、顧問は言っていた。教師は人間が好きじゃないとできない。彼からの実習の評価は散々であったが、それは当然のことである。好きにしろ嫌いにしろ、私はその感情を表現するのが下手くそだったから。

好きな作家は誰か、と言われれば獅子文六向田邦子を挙げる。情けないがそんなに数を知らないので有名どころになってしまう(し、お二人の全作品を読んでいるわけでもない)、が、この二人もやっぱり人間が好きなんだろうなあと不勉強ながらに思う。人間の細部をよく観察しているのに、嫌味がない。

顧問にも獅子文六にも向田邦子にも憧れている私は、人が好きな人が好きなのだ。それはやっぱり、ないものねだりである。

 

先天性のへそまがりで生きてきても特に不満はなかったけれど、20代後半ぐらいからもう少し素直だったらなあと思うようになった。それはやっぱりたどりたどれば他人を信じていないところにたどり着く気がする。

神も仏も困った時以外は信じていないけれど、そろそろ他人を信じられるようにならないと流石に生きにくくなるのはわかっている。のだが。