1/18晴れ、何でもいいから獅子文六を読んでくれ

獅子文六(1893-1969年)という、昭和に活躍した作家をご存知だろうか。新聞や雑誌に連載を抱え、映像化も数多くなされてきた人気作家だ。

 

はじめて文六作品に出会ったのはいつだったか、もう覚えていないが、最初に買ったのは『コーヒーと恋愛』という小説だ。いつも本屋でチェックするちくま学芸文庫の棚に、出たばかりだったのか、平積みで置かれていたと思う。帯にはラブコメと書かれていて、その点には興味がなかったのだが、とにかく「コーヒー」の文字に惹かれた。

昔から外国文学の食事シーンが大好きな私は(プディングとか最高!めちゃくちゃ憧れた……)、食べ物にまつわる小説を手に取ってしまうところがある。ただ、タイトルに食べ物が入っていても、内容的には重要じゃなかったりするので、そこは注意が必要だ。本の裏側、小説の説明文を読む限り、コーヒーが重要な役割を果たしていそう……そう思い、読んでみることにした。

 

たまたまだった。その偶然が、私の本棚を大きく変えることになる。

 

読んだ。久々に一気に読んだ。続きが気になる小説なんて、本当に何年ぶりだろう。

確かにラブコメである。主人公が誰のことを好きで、でもその相手を好いているのは自分だけじゃなくてみたいな、恋愛という人間関係を軸にしたドタバタの賑やかな物語。けれど、ラブコメ、という枠にはめておくのはもったいなさ過ぎる。こんなに面白い小説があったなんて、もっとたくさんの人に読んでほしい。

あまりネタバレはしないように書くけれど、はっきり言って、思いが成就しましためでたしめでたし、みたいな話ではない。主軸となる二人がいて、そこに外野がちょっかいを出し始めて、という最初の展開は恋愛小説だ。この二人はどうなるの、という点にばかり注意がいく。しかし、その二人(あるいは外野も含めて)を取り巻く状況が大きく動き出すにつれ、主人公たちは恋愛どころではなくなる。

 

最後のオチになるのは、結局、登場人物たちは何をしたかったのか、ということだ。それが恋愛を通してもたらされるならその道を選ぶし、あれ、違うんじゃない?となれば……ということである。

なので、読み終わるといつも登場人物、特に女主人公には感心させられる。ああ、そういう生き方を選ぶのか、と、意志の強さをうらやましく思う。小説の終わりが、次なる物語の始まりというパターンも少なくないけれど、彼女なら荒波を超えていくんだろうな、というしたたかさがある。

 

ブコメとか恋愛とか言われるとちょっと敬遠してしまうところがある(ありませんか?)けれど、やっぱり誰かを好きになるのってパワーがすごい。誰かを思ってるときの行動力の高さと思考力の低さ(!)は、いつの時代も物語になりうるのだ。

同時に、文六作品では、恋愛がすべてではないと言っているように思う。先ほども言ったように、オチは「本当は何がしたいのか」なのだ。この人と一緒になれば夢を叶えられると思ったけれど、あれ、本当に?昭和の時代に、女性が家庭に入らず、自立していく様を書くのってどういう風に受け入れられていたのだろう。

 

ということで、獅子文六にはまった私は、ちくま学芸文庫から順番に出版される文庫本をちまちまと買い集め、ついでに他出版社から出ているエッセイ(食べ物系!)にも手を出した。はまると集める癖があり、中学生の頃はさくらももこだったが、それが社会人になってからは獅子文六に変わったのだ。あとは、ちくまつながりだと斎藤孝も好きよ。本棚の一角は、黄色い背表紙で埋まってしまった。

有名ではないけれど面白い本ってたくさんあるんだろうね。それらをすべて読むのは、そりゃ当然無理だろうけれど、せっかくこの記事を読んだのだから、あなたも獅子文六の小説を読んでみてください。

 

=以下、簡単な作品紹介(主観ですので、あしからず。間違いがあったらごめんなさい!!)=

コーヒーと恋愛

コーヒーと恋愛 (ちくま文庫)

コーヒーと恋愛 (ちくま文庫)

 

 

2013年にちくま文庫から復刊され、後に多くの獅子文六作品が装い新たによみがえることとなる。タイトルの通り、コーヒーと恋愛の話。

コーヒーを淹れさせればピカイチの人気(脇役)女優・坂井モエ子と、彼女と同居する年下の塔之本勉。二人は仲睦まじく、美味しいコーヒーを飲みながら生活していたが、勉が若い劇団女優と仲良くなり家を出て行ってしまう。コーヒーと恋愛話に振り回されるモエ子の、結論が出るまでのお話。

みんな自由人で、どこを応援したらいいのかわからない。元鞘に戻る?新しい恋を応援する??難しい言葉がなくするする読めるし、人間関係も複雑ではないので、初めて読むのにお勧めの一冊。恋愛に関してはぬるめ、内容はわかりやすくマイルド、ラストについては一番好きかもしれない。

 

これは全体に言えることだけれど、愛とは、人間とは、みたいな壮大なテーマは全くない。だが、人の営みを見つめる作者のあたたかさというか、人が好きになって楽しい気持ち、ちょっと意地悪してやろうという気持ち、素直さ、誠実さ、愚かさ、そういった人間の抱え込む感情が生き生きと表現されているところが大変おもしろい。

 

七時間半

七時間半 (ちくま文庫)

七時間半 (ちくま文庫)

 

よりスピーディーな展開を望むならこちら。なにせ、東京から大阪に着くまでの、特急列車内が舞台なのだから。

食堂車コックの矢板喜一にプロポーズした給仕係の藤倉サヨ子。その返事は大阪に着くまでにしなければならないが、それぞれの思惑は少し違っているようで……。そんな二人に横槍を入れる乗務員の今出川有女子、彼女の気を引こうとする乗客たち。七時間半後に迫る、プロポーズのこたえは?

やっぱりみんなが自由に動き回り、話をあっちへこっちへ転がしていく。喜一をめぐるサヨ子vs有女子はハラハラするが、有女子はただの悪者ではなく小悪魔的魅力があってどこか憎めない。節目節目で弱さが露呈したり決意を新たにしたり、くるくる状況が変わるのがおもしろい。

『コーヒーと恋愛』に比べると主要3人が若いので、全体的にフレッシュな感じがする。結末はちょっと感傷的。人を好きになるって難しいね。

若い人の恋愛が好きなら、『箱根山』や『青春怪談』、『沙羅乙女』も面白い。単純に両想いになってはい大円団、ではなくて(そういうこともあるけれど)、それぞれが自分の思いや生き方を見つめ直すところが本当にいい。

箱根山 (ちくま文庫)

箱根山 (ちくま文庫)

 
青春怪談 (ちくま文庫)

青春怪談 (ちくま文庫)

 
沙羅乙女 (ちくま文庫)

沙羅乙女 (ちくま文庫)

 

 

 

 胡椒息子

胡椒息子 (ちくま文庫)

胡椒息子 (ちくま文庫)

 

子供の素直さが、元気さがはじける作品。恋愛はなし、気分爽快。

気が優しくて曲がったことが大嫌い、いたずら大好きな昌二郎君は12歳。元気すぎて家族からは邪魔もの扱いされているが、婆やのお民だけはいつでも彼の味方だった。とある誤解により兄姉と喧嘩した昌二郎君は、感化院に入れられてしまう!昌二郎君は再び家に戻れるのだろうか、大切なお民婆やとの再会は叶うのか?

昌二郎君の性格が大変気持ちいい。もちろん、つらい場面もあるけれど、持ち前の性格で乗り越えていく様子がかっこいいし、うらやましいなとも思う。登場人物の役割は明確で、あまり大きなどんでん返しはないけれども、獅子文六作品の子供はバカにしてはいけない。問題を起こすのは昌二郎だけれど、おさめるのも彼なのだ。

子どもが活躍する作品であれば、数年前にNHKで映像化された『悦ちゃん』もおすすめ。作中では胡椒娘と書いてパプリカと読む場面がある。

悦ちゃん (ちくま文庫)

悦ちゃん (ちくま文庫)

 

 

短編集も出ているけれど、やっぱり小説がおもしろい。細かい描写に隠された謎が、ということはないので、おおざっぱにどんどん読めるのもいい。