夢とサヨナラした10月の話

先日、東京に行った。

とある会社で面接を受けてきたのだ。そのために安くない交通費と少なくない時間を割いたわけだが、結果的に行ってよかったと思っている。かつての憧れに決着をつけるには、ちょうどよい機会であった。

 

 

大学時代、学芸員になるのが夢だった。ただ、とてもせまい道で、倍率的なことはもちろん、正職員になるには実務経験が必要な場合が多いので、非常勤等で経験値を稼いで応募条件を満たす必要があった。学生時代にインターン経験はあったものの、本格的な実務経験がなかった私は、「実務経験○年以上」の言葉に何度がっかりしたことか。

もっと言えば、能力的に学芸員になるには不十分だったし、適正も不向きだったように思う。大学で勉強をするうちになんだか学習欲が満足してしまったし、仕事にするよりは博物館・美術館通いを趣味にするほうがたぶん気楽だろうなあということも感じていた。とりあえず学芸員はやめて、就職活動をした。

 

現職では文化事業に携われるチャンスもあるが、基本的にはお呼びではない。だから、大学の専攻を仕事にしようなんてこれっぽっちも考えていなかったし、未練もなかった。いや、生かせるのならば生かしたいが、経験とか能力とか年齢とか、いろいろなことを理由に諦めたふりをしていた。

そんなとき。

転職サイトで求人票を漁っているときにその会社を見つけて、私は小躍りした。大学の専攻を生かせるお仕事。くすぶっていた情熱が瞬く間に燃え始める、という表現がまさにぴったりだった。

履歴書が欲しいということで、文房具屋に行って用紙を買ってきて手書きで書いて送って一週間後書類通過の案内が届き、めでたく面接へと進んだ。

学芸員に、あるいは研究員になった友人たちと、肩を並べることができる!

私はハイになっていた。どうせ使わないからと捨てた参考文献を、改めていくつか買い求めてみたり、関係する検定を受けてみようかと参考書を立ち読みしたり。まだ面接も受けていないというのに、もうすっかり、新しい仕事に就く気満々だった。

転職後の生活についても、妄想は続く。収入的に今より生活レベルは落とさなきゃいけないからユニットバスにしてそうだ銭湯にでも通おうかなとか、自転車で通える範囲で雨の日はバスや電車で通える部屋を借りたいなとか、洗濯機は日立のやつだから屋外には置けないよな室内置き場がないとなとか、いろいろ考えた。

面接を受けた後の私はハイ&ハイだった。この街で生きていくんだ、そう考えたら本当に楽しくて仕方がなかった。

 

 

結果として、私はこの求人は辞退した。

両親はこの転職に反対していた。今の仕事に不満がないのなら、なにも危ない橋を渡らなくてもいいだろうに、と。最初は自分の意思を押し通してやると意気込んでいたが、次第に冷静になると、確かに「仕事」としては待遇や福利厚生は不十分かもしれない、と考えるようになった。

ネットで、「会社名 評判」と打つ。会社としての評判は悪くないようだが、従業員として見ると、いささか心もとないような口コミが出てきた。転職先として選ぶ会社ではないかもしれない、そう判断できる内容だった。

私が転職活動を始めたのは、決して昔の夢を追いかけるためではない。

かつて夢だった職業に就くことが今回の転職の目的ではない。そう考えたらなんだか急に冷めた。求人先に、辞退しますと電話して、この話は終わり。

 

面接を受けるために新幹線で東京に行き、半日ほど時間を割いた。このお金と時間は、夢とサヨナラするための餞だと思えば高くない

かもしれない。ずるずると、ああだったらこうだったら……と考えることは、特に心に易しいことではないからだ。すっぱりあきらめて心の健康を保てるのなら、それに越したことはない。

夢にも賞味期限がある。一生ものもあれば、若いときだたらこそ目指すことができる、そんな夢もある。同じ夢でも、生ものと真空パックの違いみたいに人によって期限は異なる。つまり、その人の条件によって(経済的なこととか年齢的なこととか家族のこととか)いつまでも追える夢、早々と諦めなければならない夢がある。

わかりにくいか、私も何を言っているかわからない。

大学の専攻生かす仕事に就く、というのは私にとっては諦めなければならない夢だった、そういうことだ。年齢を言い訳にしたくないけれどそれも関係あるし、今の待遇を捨てて新しい仕事で一から出直す、といのも難しい。もちろん、そんなの関係ない!というバイタリティがあれば期限はもっと先だったのだろうが、そんな気概がない私の場合、夢の期限はとうに過ぎてしまったのだ。

 

 

まだ期限が切れていない夢もある。これから新たに生まれる夢もある。期限が切れても、新しく買い直したみたいに再登場する可能性もある。

かつての夢だったみんなへ。ごめんね、さようなら、ありがとう。